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聖書の言葉から

いつも新しい練り粉のままでいられるように、古いパン種をきれいに取り除きなさい。現に、あなたがたはパン種の入っていない者なのです。キリストが、わたしたちの過越の子羊として屠られたからです。だから、古いパン種や悪意と邪悪のパン種を用いないで、パン種の入っていない、純粋で真実のパンで過越祭を祝おうではありませんか。(使徒パウロのコリントの教会への手紙5章7節~8節)

 ようやく春ですね。春といえば、キリスト教では復活祭を祝います。復活祭は、クリスマスと並ぶ大切な祝日です。上の引用は、復活祭のミサで毎年読まれる聖書の箇所です。パン種、つまり酵母菌は、パンを膨らませるために欠かせませんが、腐敗させる菌でもあります。聖書でパン種のたとえは、よい意味でも悪い意味でも用いられます。上の箇所は、悪い方の意味です。過越祭はユダヤの民が「出エジプト」を記念した祭で、子羊と種なしパンを食べる日です。キリストは、過越祭の子羊、すなわち人間の罪のために神に捧げられたいけにえとして理解されています。種なしパンを食べることは、悪しき種、すなわち自分の中の古い要素を取り除き、新しく生きることを意味します。復活祭のたびに、心を新たにするためです。
『きかま・こういちろう=八戸大学ビジネス学部助教授(宗教学・キリスト教概論)』

(学院キャンパスだより創刊号より)

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